スマートフォンの登場や高齢化、共働き世帯の増加により、消費者ニーズが大きく変化している。ネット専業プレイヤーが台頭し、競争が激化している現代、イオングループでは2020年に向けた中期経営計画で「デジタルシフト」を発表した。具体的にはどのような取り組みを行うのだろうか?
イオン株式会社 執行役 デジタル事業担当 齊藤 岳彦氏
本記事は、11月14日に開催されたインプレスが主催する「Web担当者Forumミーティング2018秋」から、イオン 齊藤氏の講演「イオンのデジタル戦略とは? 『デジタルシフト』で何をめざし何を変えるのか」の模様をお届けする。
ここ10年で消費者ニーズは大きく変化
スマートフォンが登場して約10年、昔と比べると消費者ニーズは大きく変化している。それは大きく3つあると齊藤氏は語る。1つは「時短ニーズ」。高齢者や共働きが増加し、忙しい毎日を暮らしている。そのため、料理を作らない、または作り置きしておくことで、合理的に料理をする割合が増加している。その影響から、動画レシピサイトが流行している状況だ。
「私どもスーパーマーケットを営んでいるが、滞在時間も大幅に変化している。昔はスーパーマーケットに20~30分滞在していたのが当たり前だったが、今や10分を切る状況で、自分の必要なものだけを買って帰るという時代に変わっている」という。
2つ目は「低価格志向」。収入は増えておらず、平均寿命は伸びたことで支出を抑制したい流れがある。さらに最近では、インターネット上で価格比較ができるため、どうせ買うのなら安いものを買いたいというニーズが高くなっている。
3つ目は「健康志向」。平均寿命が伸びたことで、いつでも健康でいたいと思う人が増加した。そして収入が増えていないことから医療費を抑えたいと考えている。
消費者ニーズの変化に加え、もう1つ大きなものは「競争環境の変化」にある。最近ではネット専業プレイヤーが増加し、業態の壁を超えた戦いが繰り広げられている。「今や食品を購入する場所というのは、スーパーマーケットからコンビニエンスストア、ドラッグストアへと変わり、最近ではECサイトに変わっている」という。
小売業の市場規模は ほぼ横ばい
2017年、国内の商業販売額は455兆9,500億円。そのうち小売業の販売額は、142兆5,100億円と前年より1.9%増加している。これらをさらに細分化し、伸びている業種を見ると、それは「ドラッグストア」で前年より5.8%増加している。
小売業の販売額の中には「Eコマース市場」も含まれている。小売業におけるEコマースの市場規模は16兆5,000億円で、前年より9.1%増加している。小売業全体(1.9%)と比較しても9.1%の増加は大きく成長している分野と言える。そのうち物販だけを見ても7.5%の増加はかなり魅力的だ。
市場の推移を予測すると、人口減少や、高齢化による購入頻度減少にともない、小売業全体の販売学も2017年をピークに、徐々に減少していくだろうと考えられる。一方でEコマース市場は年々増加を続けており、2025年には27兆円にまで推移するだろうと予測されている。
日本の小売業No.1「イオングループ」
イオングループは現在13か国、21,268店舗、1年間で延べ12億人のお客さまが国内のイオングループ店舗に訪れる。2017年の営業利益は8兆3,900億円で、日本の小売業No.1となっている。
事業ポートフォリオを見ると、今から約30年前、1989年のイオングループは、GMS(総合スーパー)の「ジャスコ」を中心に営業を行っていたが、現在GMSの割合は減少し、スーパーマーケットの割合が増加している。さらに、薬局、専門店、金融などの業態が並ぶ構造となっている。
しかし、「我々がやっているデジタルはこの中に内包されているが、デジタルの割合を別途掲載するほどの規模には至っていない状態」であるという。
イオングループでは、2020年に向けた中期経営方針を発表しており、「デジタルシフト」「スーパーマーケット改革」「MS改革」「アジアシフト」の4つを掲げているが、今回はデジタルシフトに絞ってイオングループの取り組みを解説された。
イオングループの「デジタルシフト」
Amazonを始めとしたネットプレイヤーから教えられたことはたくさんあると齊藤氏は述べた。それらは大きく分けて「ネットを使うことへの利便性」「豊富な情報量」「品揃えの豊富さ」「低価格の優位性」の4つだそうだ。
「こういったものを圧倒的に提供していることもさりながら、何よりもお客さまのニーズを確実に応えていること。お客さま第一ということを極限まで徹底しているということは、伸びているネットプレイヤーは共通して言えること」である。
さらに「ネットプレイヤーを競争相手にするのではなくて、彼らの考え方を真摯に学んで追いつき、彼らと一緒に世の中を変えていくということが我々の大きなミッションだと思っている」と熱弁された。
イオングループでは自社の強みを活かして、「お客さまへ新たな価値を提供」「ビジネスモデルを変える」「デジタルテクノロジーを使ってサービスレベルや生産性の向上する」の3つをデジタルシフトの狙いとして活動する。
具体的には、イオングループでは17,000店舗の基盤と物流網を備えている。また、イオンカードや電子マネーなどのべ1億人の顧客情報を持っている。そして食品の売上高5兆円、市場シェアは15%という3つの大きな強みを持っており、それらを活用してデジタルシフトに取り組んでいく。
具体的には、「新たなネットスーパーの構築」「マーケットプレイスの構築」「店舗・業務のデジタル化」「『個』客理解のデジタル化」に取り組んでいくことになる。
新たなネットスーパーの構築
経済産業省が調査した「食のEC比率」を見ると、イギリスは7%、フランスが5%に対し、日本は2%と非常に低い状態にある。イギリスのEC比率が高いのは、テスコを代表するスーパーマーケットがEコマースを立ち上げ、またはオンライン上のスーパーマーケットを構築しているからである。
そのためイオングループでは、食品のネットスーパーを進化させていくことを進めている。現在、スマートフォンからネットスーパーで買い物をすると、購入に時間がかかってしまう。これをもっと簡単に購入できるような構成にしていかなければいけないと思っているという。
先ほど消費者ニーズにあった「料理の作らない化」によって、ネットスーパーは単に食材を届けるだけではなく、Uber Eatsのように食事を届ける「ファーストデリバリー」を実施していきたいと語った。
さらに、お客さまが望まれているものを注視し、持続可能な水産物、ナチュラル・オーガニック、朝どれ野菜など、もっと特徴のある商品を作って今後邁進していく。さらに新たな取り組みとして、ネットで注文した商品を受け取れるカウンターの設置、ドライブスルー商品受取、受け取りロッカーの設置、カタログ注文、移動販売も行っている。
マーケットプレイスの構築、店舗・業務のデジタル化
地域に根ざし、その地域の生産者やサービス提供者とともに、食を通じて広げていく「地域共創型マーケットプレイス」を提供していく。その地域で採れたものを地域の店舗、ECサイト、またはイオングループの店舗を活用して販売することもできる。
お客さまの買い物体験は昔からあまり変わっておらず、そういった物を変えていく必要がある。そのため、お客さまの利便性向上や店舗・業務の生産性向上という視点から、デジタルの力で買い物のストレスを軽減し、優れたカスタマーエクスペリエンスを提供する。国内の労働者が減少している現在、デジタルを活用して生産性を向上していくことは必要である。
『個』客理解のデジタル化
イオンカード、WAON、WAON POINTなどの登録会員数は日本の総人口比で4割をカバーしており、このデータをきちんと活用することによってお客さまに対する利便性を届けていきたいと考えている。
先ほど「競争環境の変化」の項目でも述べたが、業態の壁が無くなってきている。首都圏のある店舗におけるデータの推移をまとめると、ある店舗からドラッグストアへ流れた利用者は前年比で9.0%増加。
ECへ流れた利用者は前年比3.5%しか増加していないが、取扱額は前年比で9.5%も増加している。これらを防ぐために、お客さまの行動に合わせて最適な商品を提供していくためにも店舗の魅力度向上とネットスーパー・ECの更なる利便性の両面を追求していかなければならない。
そのためにはお客さまを知ることが重要で、「顧客」から個人の「個客」データを分析し、多種多様な場面でお客さまにあった情報を提供できるよう、ビッグデータの活用を進めている。イオングループでは日々の暮らしを変えていけることをミッションとしている。
最近では、健康が測定できるサルーステーションを設けた。そしてショッピングモールでウォ-キングができるイベントを開催している。現在、アドウェルと提携し、これらの情報に加えて日々のお買い物情報から栄養素が解析できるアプリを提供した。そして食材やレシピを提供している。
デジタルベンチャーと連携
これらの施策は単独では行えないこともあり、イオングループではデジタルのベンチャー企業と連携を行っている。こういった方たちのテクノロジーやノウハウを一緒に連携を行っている。
「Boxed」の方たちと話をしていた時、当社はなぜデジタルシフトが進まないのか、デジタルシフトを進める鍵は何だろうと考えた時、いろいろなキーワードが思い浮かんだという。1つは「マインド」。常に世の中を変えていこうという気持ちを持っている。そして社員にミッション、ビジョン、バリューを共有し、お客さまに対する提供価値やストーリーを共有する。
また、「Fail Fast / Small Fast」という考えも重要だ。まずはスモールスタートで始めること、そして早くやって、早めに失敗を経験すること。失敗の積み重ねが成功へとつながっていく。日々どれくらい改善したのかミッションにすること。Boxedでは、毎日約50項目の改善を行っているそうだ。
「ベンチャー企業だけでなく、様々な方との繋がりやこういった機会をご縁にして、自らだけで取り組むのでなく大きなエコシステムを構築し、お客さまのため、日本のために世の中を変えていきたいと思っている。利便性が高まることをしていきたいと思っている」と語り、セミナーが終幕した。