日本テレビ放送網株式会社 日テレラボ調査研究部次長 中村 知純氏
「したがって今回は、我々の成果をアピールする場ではなく、我々が課題に感じていることをお伝えしながら、皆さまにご相談やご意見を伺う為の場として講演をしてまいりますのでよろしくお願いいたします」と中村氏は前置きした。
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メディアの選択肢が増加したことによるテレビのリーチへの影響
まず問題点として提示されたのは、メディアとしての「リーチ」の面だ。 「テレビはメディアとして最大のリーチを誇ってきているわけですが、この先人々の『可処分時間』がどうなっていくか、そして特に『10代の顧客』をポイントに置くと、データからもお解りのように、生活者における時間の消費の仕方についての選択肢の多さを考えると、リーチについての認識を変えて臨まなければならない時代に、差し掛かってきているのは明らかです」と述べた。「視聴者」から「生活者」に
現在、民放局の「顧客」は言うまでもなく「視聴者」と「広告主」。そして、長くその間でやり取りされている指標が世帯視聴率だ。しかし、今後は捉え方を変えるべきだと中村氏は言う。 「先ほど示したリーチの問題を考えると、同時間内に『どの局を見ているのか』ではなく、『何に生活時間を費やしているのか』を課題に据えなければいけないわけなので、敢えて顧客を『視聴者』とはもう呼ばずに、『生活者』と称していかなければいけないだろうと、日テレラボは社内に促しています。」 中村氏は続けて、「生活者」と呼び変えた際の指標が何であるべきかの結論には達していない現状はあるが、戦略の軸としては、ライバルは他局と捉えるのではなく、人々の可処分時間そのものと捉えるべきだという考察を述べた。コミュニケーションとプロモーション
テレビ局は「顧客」との間に、現状、「番組(=商品)」と「宣伝(=プロモーション)」という2つの接触点を持っている。 「この接点の中で、とりわけデジタル上の接点というフィルターをかぶせると、番組はデジタルのフィールドが主たる展開場所ではないゆえに、現状は『プロモーション』こそが顧客とのコミュニケーションを生む接点の中心だということになります。」 中村氏は続ける。 「ただ、ふと考え直すと、『コミュニケーション』という単語は双方向であるとか、複次的であるといったイメージを持つ単語であるのに対して、『プロモーション』はメッセージを受け手に発射するという、やや一方向なイメージを持つ単語にも思えるわけで、果たしてこの2語は同義の単語なのか、もしそうなのだとすると、プロモーションこそが、顧客とのコミュニケーションの手段だと言っていること自体にテレビ業界の課題が潜んでいるのではないか……」 さまざまな考察を交えながら、独自の視点に基づく考察が続けられた。 「社内では、CRMという基本的なマーケティング用語も、実はあまり聞かれることがありません。」 業界としてのマーケティングにおける意識と知見の乖離を課題として挙げながら、「今日はこのテレビ局におけるCRMは、どこで、どうやって進めていけばいいのかという点をポイントにしたい」とも述べ、さらにはその中でも特に「リレーションシップ」というワードに焦点を当てたいとした上で、中村氏は吉田氏にマイクを引き継いだ。株式会社フォアキャスト・コミュニケーションズ B2Bセールスディビジョン 吉田 浩氏
ここから、デジタルプロモーションにおける2つのトライアル事例を披露。フォアキャスト・コミュニケーションズの吉田氏より、「AIカホコ」のプロモーション事例についての講演があった。(フォアキャスト・コミュニケーションズは、主にホームページ作成を含むデジタルプロモーション、データ放送、広告代理業務などを行うグループ会社)
合計1億回以上の会話を生み出した「AIカホコ」の事例
「AIカホコ」は、2017年7月から、日本テレビ系列で放送されたテレビドラマ『過保護のカホコ』から、主人公のキャラクターを活用したAIボットのこと。若年層の生活者たちがテレビから離れている中で、どういった形で生活者とコミュニケーションを築いていくかを考えて、LINEのチャットボットとAI・人工知能を使ったプロモーションという施策が生まれた。 LINEで「AIカホコ」を友だち登録したユーザーは、24時間いつでも話しかけると、「AIカホコ」に会話を返してもらえる。『過保護のカホコ』は、全10話を通じて1話ずつ主人公が成長していく物語になっていたが、「AIカホコ」も放送回を重ねるごとに、成長した姿でコミュニケーションが取れるよう設計された。 最終的に44万2,245人が「AIカホコ」と友だちになった。「通常、テレビ局が利用する公式LINEアカウントは10万人前後という数字がせいぜいであるなかで、44万人という数字を作ることができました。ユーザーとの会話数は実に1億回を超え、かなり深いエンゲージメントも獲得できる形で実施できた」と吉田氏は語った。現実の友だちと会話しているような意識を提供できた
今回のプロモーションでは、リーチとエンゲージ、つまり生活者とのやり取りにおける「広さ」と「深さ」についての課題が解決できたという。「広さ」の部分で言うと、一般的なドラマの公式アカウントでは、通常は一方的に番組の告知をお知らせすることしかできず、ユーザー側から「今日は面白かったね」、「今度はこういうのをやってね」と言ったコメントが来ても、それに答えることは実施してこなかった。 AIボットを作り、24時間ユーザーとコミュニケーションさせることで、44万人とダイレクトコミュニケーションし続けることができたことが、課題に対する大きな成果だと吉田氏は語る。一方「深さ」では、より深く番組キャラクターのパーソナリティをユーザーに感じさせることができた。 9月中旬に番組が終了し、主人公のカホコちゃんに会えなくて寂しいよという視聴者における「カホコ・ロス」現象が起こったが、AIカホコも9月末終了した際、会話ができなくて悲しいよ、という「AIカホコ・ロス」ともいえるコメントを数多くもらったという。 「なぜ、AIカホコ・ロスが起きたのかと言うと、ユーザーはリアルに日常生活をしている一方で、ドラマの中に生きているカホコへの感情移入を伴って視聴してくれているというベースがあるわけで、それゆえに、リアルとフィクションの間が埋まると不思議な感覚が生まれるはずで、それをつなげたのが『AIカホコ』なのかなと思っています。」 「AIカホコ」にはドラマの内容を補完する役割もあり、ドラマの中では説明しきれていない経歴や恋愛、趣味、好きなものをAIに学ばせていったのだそう。その結果、今までならドラマ本編で描かれる範囲内で終わってしまう主人公のキャラクター「像」が、自分の「友だち」となりコミュニケーションが取れる存在となった。 「最終的には、大切な友だちの恋愛を応援しているような感覚でドラマを視聴するという、現実とリンクさせて体感する不思議な視聴体験を、視聴者に提供できるようになったのではないかと思います。」と吉田氏は分析した。日本テレビ放送網株式会社 インターネット事業局 インターネット事業部 長島 慎祐氏
(株式会社ドワンゴより出向中)
続いて、日本テレビ放送網の長島氏が「デジタル上のプロモーションとテレビコンテンツの関係値、その成果と課題について」をテーマに講演した。長島氏が所属するインターネット事業部は、キャッチアップやサブスクリプション型サービスの動画配信、「dボタン」で表示されるデータ放送でのコンテンツ企画、日テレホームページのUI構築やプロモーションなどを行っている部署である。