マクドナルド:ハンバーガー業界で75.7%のシェアを誇る業界トップ企業
マクドナルドの2012年度売上高は5,298億円(※フランチャイズ店売上含む)と、2位のゼンショー(4,029億円)を大きく引き離す外食業界のトップ企業です。ハンバーガーチェーンに絞るとそのシェアは75.7%(※日経シェア調査2012より)と、2位のモスバーガー(14.0%、975億円)の約5倍の規模を誇ります。
年間の来店客数はのべ15億人と言われており、国内の総人口(約1.27億人)で単純計算すると、国民一人あたり年間約12回マクドナルドを訪れている事になります。
直近2期は苦戦:コンビニなど異業種との競争が激化
2011年まで既存店売上高が8期連続のプラスとなるなど、デフレの勝ち組と称された同社ですが、2012年に9年ぶりの減収減益となり、2013年通期も2期連続で減収減益が予想されるなど、直近の業績は苦戦が伝えられています。
不調の原因についてはさまざまな分析がありますが、同社2012年通期決算資料に掲載されている同社独自の分析を見ますと、
- IFO(※)マーケットサイズ自体が減少する中、同社のシェアは健闘している
- コンビニなどとの競争が激化している
といった説明がなされており、既にかなりのシェアを誇るファーストフード/外食業界内に留まらず、業種を超えた競争を強く意識している点が注目されます。
※IFO:Informal Eating Outの略。気軽に食べられる外食全般の市場を指す同社独自のマーケット定義。外食以外にコンビニ等の中食マーケット等もこれに含まれる。
何れにしても、同社の卓越したマーケティング戦略が業種を問わず参考にされている点は、誰もが認めるところでしょう。
今回も、スマートフォンアプリを通じて同社の強さの秘訣を探ってみたいと思います。
オウンドメディア・モバイルクーポンの成功例として有名
マクドナルドは早くからオウンドメディアに注力しており、2003年7月から自社のモバイルサイト(トクするケータイサイト)を通じて会員向けクーポンの提供を開始した、モバイルクーポンのパイオニア・成功例としても有名です。
少々古いデータになりますが、2010年8月に日本ブランド戦略研究所が発表した国内モバイルサイトの事業貢献度(経済価値)ランキングでは、国内の約200の有力モバイルサイトの中でトップの、137億円の価値があると評価されています。
2008年5月には、「おサイフケータイ」機能を活用し、選択した商品を店頭のリーダーにかざすだけで注文/支払い出来る「かざすクーポン」の提供を開始。また2010年12月にはAndroid向け、2011年6月にはiOS向けに公式スマートフォンアプリの提供を開始するなど、対応デバイスの拡充を進めています。
現在の会員数はフィーチャーフォン/スマートフォン合計で3,500万名超にまで成長しており、来客数のおよそ1/4がクーポンを利用して会計を行っていると言われています。
売上高(5,298億円)から単純計算した場合、クーポン利用者の売上は少なくとも1,000億円を超えていると想定され、「国内外食チェーンの中で最も売上を作りだしているアプリ」と言っても過言ではないでしょう。
早速、アプリの主な機能について見てみましょう。
概要:クーポン機能を中心としたシンプルなO2Oアプリ
マクドナルドではiPhone/Android向けに公式スマートフォンアプリを提供しています。
主な機能は以下の通りです。
主な機能
- 店舗検索、経路検索(※Androidのみ)
- クーポン
・Android:見せるクーポン、かざすクーポン、かざす会員証
・iOS:見せるクーポン - 週刊マック
- FUNコンテンツ
・Android:かざしてスタンプ、スクラッチdeクーポン(別アプリ起動)、ライブ壁紙(別アプリ起動)
・iOS:現在提供なし - マイページ
- プッシュ通知(任意のタイミングのみ)
- 新商品/キャンペーン画像の表示(起動時のみ)
マクドナルド公式アプリの機能は、「店舗検索、会員向けクーポン、コンテンツ、お知らせ」の4ジャンルから成ります。別アプリ連携のコンテンツなどを除くと、企業アプリとしては比較的シンプルな構成の部類に入るでしょう。
アプリの画面デザインも非常にシンプルであり、通常の企業アプリで一般的なボタンを並べた「トップ画面」にあたるものがありません。店舗検索の現在地地図が起動時点の初期画面として表示され、原則すべてのメニューにタブバーから遷移する事ができるようになっています。
あえて機能やボタン数を絞りこむことにより、ユーザーに特に利用させたいコンテンツ(=クーポン)の操作性を高める意図があるのではないかと想定されます。
クーポン機能:ユーザーに割引と利便性を提供・かざすクーポンで『1秒の短縮で8億の売上増』を追求
クーポン機能の利用には、アプリ画面上から会員情報の登録とログイン操作が必須となっています。会員登録はメールアドレスのみの「お試し会員」と、市区町村やメルマガ受信の追加登録が必要な「正会員」の2段階に分かれており、お試し会員は一部のクーポン・正会員は全てのクーポンを利用できる仕組みとなっています。
昨今は会員登録なしで利用できるクーポンアプリ等も増加傾向にありますが、マクドナルドでは後述するマーケティング分析や個々のユーザーに合わせたOnetoOneマーケティングの必要性から、登録を必須としているようです。
但し、以前に比べると「お試し会員」制度の提供や「生年月日」など入力項目の削減がなされており、登録率に直結するユーザーの手間(=入力項目数)をなるべく減らそうとする意図が感じられます。
マクドナルドのクーポン施策について、これまでの経緯についても振り返ってみましょう。
冒頭で触れたとおり、マクドナルドは2003年に「トクするケータイサイト」を通じ、店頭で画面を提示することで利用できる会員向けのモバイルクーポンの提供を開始しました。
それまで印刷の関係で1ヶ月を要していた販促企画のリードタイムが3日に短縮され、機動的な販促施策の展開が可能になっただけでなく、クーポンによる割引やモバイルの利便性といった「明確なメリット」を提供した事がユーザーの支持を集め、急速にユーザーを拡大。以降2011年度まで8年連続の売上増の原動力として機能しました。
一方「トクするケータイサイト」は、“見せる”だけで利用できる手軽さの半面、マーケティング分析上「どの会員が何のクーポンを使ったか」を把握する事ができないという課題をかかえていました。
そこで2008年から全店舗に「おサイフケータイ」のリーダー/ライターを導入し、国内外食チェーンで初めてとなる「かざすクーポン」の提供を開始。会員は携帯の画面上で商品を選しリーダー/ライターに端末をかざすことで、ワンタッチで注文/支払いを行うことが可能になりました。
これによりマクドナルドは、それまで把握できていなかった「誰がどのクーポンを使ったか」「来店頻度」「時間帯」などの購買履歴データを収集できるようになり、さらに精度の高いマーケティング施策の実現が可能になりました。
マクドナルドではこれらのデータを活用し、2011年ごろから、顧客の購買履歴に応じてクーポン内容を変える取り組みを始めており、One to Oneマーケティングを実践しています。
また、かざすクーポンの導入はレジ時間の短縮にも大きく寄与したと言われており、それまで50秒台だった平均の接客時間が、かざすクーポン利用により30秒強にまで短縮されたと言われています。
リーダー/ライターの全店導入にかかった費用は数十億円規模だったと言われていますが、同社の試算によると「接客時間を30秒短縮すると(回転率向上などにより)売上は5%増加し、1秒の短縮で8億円増える。」(原田社長講演より)と言われており、費用対効果が非常に高いシステムであったと想定されます。
iPhone向けでは「かざすクーポン」機能は使えない
しかしながら、2007年に登場したiPhoneは2008年から日本国内でも発売された事で、予想外の事態が発生する事となりました。
ご存知の方も多いかと思いますが、「おサイフケータイ」は国内の携帯電話キャリア主導で日本国内のみに普及した独自のシステムであり、全世界で共通仕様の端末を提供しているAppleのiPhoneには同機能が搭載されていません。
それにより、同社のiPhone版アプリでは「おサイフケータイ」を使った「かざすクーポン」「かざす会員証」「かざしてスタンプ」の提供が不可能となり、「見せるクーポン」のみが提供される形となってしまったのです。元々携帯電話で「かざすクーポン」を使っていた利用者が、iPhoneに機種変更した事により「見せるクーポン」ユーザーに戻ってしまうケースが相当数発生したものと想定されます。
2013年10月10日に発表されたMM総研の調査結果を元に試算をすると、2013年9月末時点の国内の携帯電話・スマートフォン契約数が1億1,877億台、うちiOS端末が1,782万台となっている事から、iOS端末のシェアは国内全携帯契約数の約15%程度を占めると想定されます。これらの層には「かざすクーポン」が提供できない状態にあります。
将来的に国際規格であるNFCがiPhoneにも搭載される可能性もあるものの、動向は不透明なままです。マクドナルド公式アプリののOS別の機能差は、スマートフォンアプリ特有のOSプラットフォームによる制約を顕著に表した事例とも言えるでしょう。
アプリ起動時にキャンペーン画像等を表示:新商品を効果的にアピール
その他の特長的な機能としては、アプリ起動時に画面上にキャンペーン画像を表示する機能が挙げられるでしょう。新商品の告知等を中心に、ユーザーの購買意欲を喚起する目的で活用されているようです。
なお弊社のアプリ開発プラットフォームModuleAppsにも、起動時に任意のチラシ画像等を表示できる機能が実装されており、開発させていただいたロッテリア公式アプリでもご活用をいただいております。
弊社開発アプリでは任意のウェブページにリンクを貼れるようになっており(マクドナルド公式アプリでは表示のみ)、画像の表示回数やタップ数を計測しています。
アプリ起動時の広告は目的を持って起動したユーザーが対象となることから、一般のウェブサイト等に比べると非常に高いCTR(クリック率)が出る傾向にあり、有効な告知手段となっています。
その他の機能
その他の機能についても簡単に触れてみたいと思います。
- 店舗検索
上述の通り、現在地周辺のマクドナルド店舗を地図上から検索できるほか、各店舗の営業時間などが確認できます。なお周辺の店舗情報データはアプリの端末にキャッシュ(保管)されており、電波状況の悪い場所でも店舗の検索・表示が出来るようになっているようです。ユーザーの利用シーンを考えぬいた細かな配慮と言えるでしょう。
- 週刊マック
マクドナルドの最新情報をウェブサイト上で確認できます。(外部ブラウザが起動されます)
- FUNコンテンツ
- かざすスタンプ
会計時に店頭のリーダ/ライターにかざす事で、スタンプを貯める事ができます。スタンプを5つ貯めると、無料券や割引クーポンを受け取る事ができます。 - スクラッチdeクーポン(別アプリ起動、Android版のみ)
アプリ上で1日1回、スクラッチカードを削る事ができます。無料券や割引クーポンの特典が当たります。 - 動く壁紙(別アプリ起動、Android版のみ)
Android端末でマクドナルドオリジナルの壁紙を設定することができます。
※iOS版ではFUNコンテンツは提供されていません。
- マイページ
登録した会員情報の変更/退会などが出来るようになっています。
- プッシュ通知(任意のタイミングのみ)
キャンペーン開始時などにプッシュメッセージを配信する機能です。実際の配信頻度は低く、それほど活用されていない模様です。
FUNコンテンツについては、マクドナルド公式アプリを通じ他のアプリを起動する事で利用できるようになっています。紙のクーポンをデジタル化したのと同様、以前は多く使われていたスクラッチカード等もアプリ化する事で、ユーザーにゲーム感覚でコンテンツを楽しんでもらおうという意図が見受けれらます。
期間限定のキャンペーンアプリの展開も
なお、マクドナルドではその他にも、期間限定で複数のキャンペーンアプリを公開しています。
2011年の夏には、炭酸ドリンクのキャンペーンに合わせ、その日の天気と「炭酸指数」を表示する「マックde天気」アプリを公開。
また2013年の夏には、アプリに搭載された画像認識機能を使い、カメラに映った笑顔を元に「スマイル指数」を表示するエンタメアプリ「ハッピーセットカメラ」を公開し、話題となりました。
これらのゲーム要素を含んだキャンペーンアプリは、画像/音声データ等を多用する事などから、アプリのサイズが肥大化しがちです。
サイズが大きすぎるアプリはユーザーに敬遠される傾向にありますが、マクドナルドはあえて本体のアプリと分離して開発・提供する事により、クーポンアプリ自体の操作性を下げる事なく、話題作りを可能にしているようです。
まとめ:明確なメリットの提供・シンプルな構成・早くからの取り組みが成功の秘訣
マクドナルド公式アプリから学びとれるポイントは、「明確なユーザーメリットの提供」「シンプルな構成」「早くからの取り組み」の3つと言えるでしょう。
(1)明確なユーザーメリットの提供
企業のウェブサイトはこれまで、企業側からの一方的な情報発信に留まるケースが多く、「サイトを訪れるメリットが何か」が明確になっていないケースが多く見受けられます。
これはスマートフォンアプリに関しても同様であり、実際に弊社がさまざまな企業さまからアプリ開発の相談を受けてきた中でも、「どのように他社と差別化すべきか?」「オリジナリティのある機能を入れたい」といった、ユーザー不在の議論・要望が展開されるシーンを目にする事が多くあります。
しかしながら、ユーザーが企業アプリやサイトに求める価値は「利用する事によるメリット」すなわちクーポンやポイント等のインセンティブである事は、以下のアンケート結果(2011年10月野村総合研究所「インターネット経済調査報告書」より)等を見ても明白です。
「トクするケータイサイト」の企画に参画し、「オウンドメディアマーケティング」の著者でもある井浦知久氏のインタビューの中でも、「プロジェクト成功のポイントはキャンペーン施策を中心に据えたことにある」との指摘があり、単にメディアを構築するだけでなく、「そのサイトを通じどのようなメリットをユーザーに提供していくか」を意識していた事が伺えます。
その結果が『クーポンによる割引』や『かざすクーポンを使ったレジ時間の短縮』などの企画に繋がり、ユーザーの支持を強めたと言えるでしょう。
(2)シンプルな構成
また余計な機能を盛り込まずシンプルな画面構成としたことも特長的な点として挙げられます。
前回ヤマダ電機のアプリについて触れた際に、スマートフォンアプリは「限られた画面スペースでいかに情報を整理して伝えるか」が強く求められる分野だという点に触れました。マクドナルドのアプリは対象的な事例であり、機能・画面とも非常にシンプルな構成になっていますが、全ユーザーの1/4という大変高い利用率を誇っています。
(1)のポイントと同様、ユーザーは自身にとってのメリットが明確であればそのサービスを支持するという点は、忘れがちな視点です。多機能なアプリが必ずしも良くないという事ではなく、「無理に機能を盛り込むべきではない」という点は、忘れてはならないポイントでしょう。
(3)早くからの取り組み
また、かなり早い段階・2003年からモバイルサイトに取り組んだ事で、3,500万もの圧倒的なユーザー資産を抱えるに至った点も、同社の強みとなっています。
これを単に同社の規模によるものと捉えるのは間違いであり、ユーザーを囲い込み自社の資産とする事ができるオウンドメディアの特性と捉える視点が必要と言えるでしょう。
自社のオウンドメディアを立ち上げるには、企画から公開までさまざまなプロセスが必要となります。また、折角なら良いものを作ろうと、つい様々な企画を盛り込んでしまいがちで、起案から実際の開発着手まで非常に長い期間がかかるケースも多いようです。
しかしながら、リリース時期が遅れる事はそれだけユーザーの囲い込みの開始が遅れる事を意味し、先行企業との差を開く結果に繋がるという点に注意しないといけないでしょう。
自社のスマートフォンアプリ等を検討中の企業様は、これらのポイントを意識し自社に活かす事で、オウンドメディア成功への近道としていただければと思います。